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web florva不定期日記

見えないものは見えない。見えているものも見えない。

自分の欠点

去年のことだが、妻と町内を歩いていると、大胆な顔の模様の猫に出会った。
ひそかに「ピカソ」と名付けたのだが、それ以来見ることはない。
元気でいるのだろうか。

「自分の欠点」とは何だろうか。
少なくとも、ある点が欠点であると自分で認めるということは、自分を客体化しているはずである。
ということは、「欠点」とは自分が他人に対して、認めることができない/許すことができないと感じている、何らかの性行ということになろう。

とすれば、自分を許容できれば、他人を許容できるはずだ。
「自分を愛するように、人を愛する」とはそういうことだと思う。
同時にそれは、他人を許容することは自分を許容することでもある。

・・・・私は自分に甘いのか?
たぶんそうだろう。

私が愛してきた人たちは、私が好きだと思うところを自分自身では嫌っていた。
たぶんそれは、自分以外の人たちから、それが欠点だと教わったからだろう。
「憎しみの連鎖」とは、実にこんなところに存在しているのである。

顔の造作について言っても、鼻の高低とか、歯並びとか、チャーミングポイントは他人と異なっているところなのに、他人と異なっていることが欠点だと思ってしまう。

いくらか腹を満たすだけの食事と、少しだけ脳みそをしびれさせるお酒があれば、幸せではないか。
たぶん私は欠点だらけの人間なのだろう。
でも、欠点だけをみていても、酒は美味くならない。

他人を悪く言わないことは、母の無言の遺言であったが、ありがたいことだ。
実行できているわけではないが。

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音楽環境inマイルーム

昨日今日で、何とかシンセの音が聞けるようになった。
これまで入れていた「Sonar」は「3」で、なんと今や「8」。
「3」がVistaに対応しているかどうかすら、知るよすがすらない。
UA-4FXはちゃんと対応していて、MarantzのAVデッキ経由でのカセットデッキの音を、Sonic Stage Mastering Studioに落とすことができた。
かつての機材が、Vistaへの対応すらあきらめていることは、Vistaの限界をそれとなく認知しているのか。
いやいや、今やそんな機材すらなくても、PCでの音楽環境は整っているのか。
音源モジュールが今はないくらいだし。
それとも、そんな「おたっきい」なことは、もはや流行っていないのだろう。
音楽は、PCから、ひょっとして、離れていっているのだろう。
その予感が現実ならば、正しい方向に動いているわけだ。
そうでないなら、音楽はますますチープな方向に移行していて、それはそれでありだ。
わるいけど、音楽とPCは相性が悪いと思う。
理由は、よくわからない、・・・・わかっているけど。

頭痛

12月6日にホイッスル・ストップの練習があった。
その次の日はHJOの練習だった。
思いついて、肩に膏薬を貼って寝た。
その日は、頭痛がなかった。

それから毎晩、風呂あがりに膏薬を貼って寝た。
頭痛はなかった。

クリスマスイブの晩から、膏薬を貼らずに寝た。
今夜で、二晩目。
どうやら頭痛はなさそう。

拡張性の偏頭痛ではなくて、急激な気温低下による肩こりによる頭痛だったのだろうか。
次の初冬には、すぐに試してみる。

頭痛

11月21日頃から始まった今年の頭痛は、第2ステージに入ったのだろうか。
これまでは(昨年までも)1〜2時間横になっているとそのうち眠って、頭痛もおさまっていたのだが、どうもどんよりした頭痛が残るようになった。
上手く眠れない。
そうしたうつうつとした状態とよく似たふうな、頭痛の様子である。
これまで自分のこの頭痛を書き留めたことがなかったので、今回記録してみる。

反省の九月

いっきょに夏の反動がやってきた九月だった。
それは夏ばて。と
彼らは呼ぶけれど。
十四日の夜に酒を飲んでいると、とつぜん
それはやってきた。

それからは
私はつきあい方を忘れた
夏の落とし物が届けられ、
呼び出され。
砂浜のコカ・コーラのかけらで、踵を
切った(暗喩)。

波を見ることも、雲を見ることも、私は九月ではなかった。
十月の河口では、沙魚釣りの男たちが影
になって
しなやかに竿を
振りつづける。鳥の影

部屋を覆われて、残り者の
生活を送る。
私はつきあい方、
砂浜のコカ・コーラ、
風邪と、
ガラスコップにうつった鳥の口に。
十月は残っているのだけれど

スコットランドのおっさん

今日は職場の飲み会。
「バスク」で美味しい飲み会。

二次会は近くのANAクラウンプラザホテル広島1Fのラウンジで、オールドパーのショットを2杯。
終わって出入り口横の喫煙所に行くと、おっさんが煙草を吸っていた。
話しかけると、スコットランドから来たと言う。
けっこう訛りがきつい。
というか、酔っぱらっている。
それは自分も同じこと。

日本アルプスに行ったが、日本にこんな高い山があるとは知らなかった。
スコットランドの山にはたいてい木が生えている。
弾丸列車(新幹線)はとても速かった。
(京都、大阪、から?)
大阪から。
(2時間、1時間半くらいかな。)
うーん、2時間かな。
(私は学校の先生をしている。)
木造の建築物を造っている。
スコットランドには二百から三百のスコッチウイスキーの醸造所がある。
(それは日本酒もいっしょだ。)
(宮島は行ったか。)
明日行く。
(きれいな神社が海の上に浮かんでいる。)

なんてな話をした。
訛りがきついのか、酔っぱらっているのか、その両方なのか、
こんなおっさん、どこにもいるよな。
酔って機嫌良く、少々ろれつが怪しくなって。
別れ際には、胸のポケットからよれた煙草を取り出して、
は〜もう一本吸うけんね〜。

この日、ラウンジには外国人が多かった。
石見銀山が世界遺産に登録されてから、海外からの観光客が増えているらしいが、
ラウンジではフランス語も聞こえた。

スコットランドから来たおっさんは、宮島を見て、
スコットランドに帰って、木造建築を造っていくのだろうな。
私は私で、仕事を続ける。
でへでへの表情が、親しみを覚えさせるおっさんだった。
お互い、がんばろうな!

夜の桜

バンドの練習が終わって車で送ってもらう。
車を降りて見上げると、芽ぶく前の桜の枝越しに、滲んだ半月がかかる。
桜は日の光だけで育つのではない。
夜の桜が美しいのは、月の光を浴びて育つからかも知れない。

11月23日

夜の帰り道を思い出している。
夏だろうか、冬だろうか。
頻繁なときは、週に一回その道を歩いて帰った。

黄砂

霾(つちふる)という季語があることを「折々の歌」で知った。
DSC00004.jpg

店々がしきりにウィンドウを拭いたり、目や喉がいがらっぽかったり、
霾とは街にこそ似合うのかもしれない。

父と

ここ三週間ほど、父の酒量が増えているような気がする。それとも弱くなったのか。
しかしながら、ふたりで話をするほど、自分が父と同じことをしていることに気づかされる。ふたりの話題の行き先はいつもそこになる。
独り身の淋しさは酔わねば耐えきれぬものだとは思うが、ろれつが回らぬまでの飲み方は、心配がつのる。

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