話題としては少々古いが、職場の近くに、
『患者さま 駐車場』
とでかでかと看板が出ているのに気づいたので、考えたことをちょっとだけ。
さま 2
(
接尾)
[一]
(1) (ア)人を表す名詞または身分・居所などに付いて、尊敬の意を表す。
「中村―」「お母―」「殿―」「仏―」「公方(くぼう)―」(大辞林)
さん (接尾)
〔「さま(様)」の転〕
(1)人名・職名などに付けて敬意を表す。また動物名などに付けて、親愛の意を表すこともある。
「山本―」「お父―」「課長―」「お手伝い―」「お猿―」(大辞林)
ちゃん
(接尾)
〔「さん」の転〕人名または人を表す名詞に付いて、親しみをこめて人を呼ぶ時などに用いる。
「太郎―」「お花―」「おばあ―」敬意を比較すると、
「さま」;尊敬の意を表す。
「さん」;敬意を表す。親愛の意を表すこともある。
「ちゃん」;親しみをこめて人を呼ぶ時など。
尊敬の意と、敬意を「大辞林」は区別しているようなので、
敬意は「さま」>「さん」>「ちゃん」となろう。
実際の用法でも、例えば「山田さま」「山田さん」「山田ちゃん」と考えればそうであることがわかる。
あるいは、「おかあさま」「おかあさん」「おかあちゃん」。
これらの接尾語を発する者が、接尾語を付ける対象に対してどのような意識を持っているかが、その発語を聞く者にわかるというものである。
では、次のような用法はどうか。
「(お)殿さま」「殿さん」「殿ちゃん」。
「お医者さま」「お医者さん」「お医者ちゃん」。
「(お)犬さま」「犬さん」「犬(わん)ちゃん」。
本来社会的に当てはまる位置にあるものに適合しない用法が、上位の接尾語を使っても、揶揄や軽侮の意味合いを持ってくることがわかる。
『患者さま』という用法が、違和感(ひとによっては嫌悪感)を抱かせるのは、そんなところにあるのかもしれない。
せいぜい「患者さん」だろう。というのが、正常な感情だろう。
「殿さま」「お医者さん」「わんちゃん」というのが、それぞれ「殿」「医者」「犬」に向かって言うときの正常な用法だというのと同じである。
いくら敬意を持っている/持っていないとは言っても、社会的な位置に適合しない使い方をすれば、それは「世間知らず」と呼ばれるのである。
「さま」「さん」「ちゃん」そのものだけが、敬意を持っているのではないし、使い手の敬意が決定するものではないのである。
用法を比較すると、
「さま」は人を表す名詞または身分・居所に付く。
「さん」は人名・職名などに付けて敬意を表す。また動物名などに付けて、親愛の意を表すこともある。
「ちゃん」は人名または人を表す名詞に付く。
面白く思うのは、「お猿さん」とは言うが「お犬さん」や「お猫さん」とは言わないことである。
猿の方が人間に近いからだろうか。
「象さん」や「キリンさん」は?
「パンダちゃん」とは言うが、「パンダさん」とは言わない。
やはり人間社会の中で、それぞれの位置づけがあるのである。
だいたい動物に「さん」や「ちゃん」を付けるのは、いわゆる「幼児語」の範疇であろう。
幼児にとって「ちゃん」と呼ばれるのが水準であるとすれば、それより上かどうかということが、これらの用法から理解されるだろう。
そして「さま」を使わないことも。
さらに先ほど、「揶揄や軽侮の意味合いを持ってくる」と述べたが、それは接尾語の対象にではなく、そういう使い方をしている発語者に対する揶揄や軽侮となっている。
「お犬さま」がその例であろう。
まあ、「俺が患者になってやったから、おまえらが飯を食っていけるんだ。せいぜい尊敬してくれ」と大見得を切ったら、お医者さまは何と答えるだろうか。
「ヘイ、おありがとうございます。あなた様のおかげさまでございます」なんて答える医者の所へは、私だったら信頼して通うことはできない。
「不摂生だからこうなったんですよ! これからは気をつけてください」くらいのことは言ってくれないとね。
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